2026-04-12 - Dergah, Akbaba, İstanbul
アッラーが私たち全員を終末のフィトナ(試練)からお守りくださいますように。
フィトナとは、悪魔が人々の信仰を盗み、奪い去り、彼らを不信仰者にするために四方八方から攻撃してくることを意味します。
なぜなら、人間の最大の敵は悪魔だからです。
悪魔は人間をアッラーのあらゆる慈悲から遠ざけようとしています。
悪魔は人間の信仰を奪い、人間がアッラーに反逆し、御方を知らないようにしようと企んでいるのです。
真の信仰を強めるためには、私たちの預言者(彼に平安と祝福がありますように)の道に従わなければなりません。
彼が示した道、すなわち教友(サハーバ)たち、学者たち、アッラーの友たち、そしてマズハブ(学派)の道に留まる者は、アッラーの御心によりその信仰を救うでしょう。
そうでなければ、信仰を持たずに死ぬことになります。アッラーが私たちをそのようなことからお守りくださいますように。
私たちが今話しているフィトナ、そしてその最悪な点は、「学者」という肩書きで現れる者たちです。
ここ100年から150年の間、「イスラム教は時代遅れだ、新しくしよう。宗教を改革しよう、あれこれしよう」と言う人々が現れています。
彼らは改革を行っているのではなく、イスラムの敵の思想をそのままイスラム世界に持ち込んでいるのです。
このようにして彼らは人々から信仰を奪い、不信仰の中に置き去りにします。
だからこそ、非常に注意しなければなりません。
アフル・スンナ・ワル・ジャマーアの信仰、私たちの預言者(彼にアッラーの祝福と平安がありますように)の道、マズハブ、そしてタリーカ(教団)は重要です。
ムスリムが信仰を保つためには、法学派と精神的な道が非常に大きな意味を持ちます。
これらがなければ、人は道を踏み外し、迷い込んでしまいます。
迷い込み、何が正しくて何が間違っているのか分からなくなってしまいます。
良いことをしていると信じていても、最後には苦い失望を味わうことになります。
彼には信仰も、イスラムも、他の何一つ残らなくなります。
彼は自分の最も大きく、最も重要で、最も価値のある宝を失うのです。
それはなぜでしょうか?
私たちの預言者は、このような人々を「ウラマー・スー」、すなわち「悪き学者、悪の学者」と呼んでいます。
彼らは人々を誤った道へと導く学者です。
イスラムの名の下でほんの少し学んだだけで、最終的に彼ら自身も信仰を持たずに終わります。
彼らは不信仰で終わり、他の人々をも迷わせるのです。
「信心深くあろう、人々を信仰に招こう、私たちの信仰を強めよう」という思いで知識を学ぶ哀れな人々は、これらのいわゆる学者のせいで信仰と名のつくものすべてを失い、不信仰に陥ってしまうのです。アッラーが私たちをお守りくださいますように。
このことには十分に注意しなければなりません。
タリーカ、シャリーア(イスラム法)、そしてマズハブに関して、決して妥協してはなりません。
「これらは不要だ」と言う人々の言葉に決して耳を傾けてはいけません。
彼らがどの共同体に属していようと、どれほど多くの本を書いていようと、どれほど多くの読者がいようとも、彼らから遠ざかってください。
マズハブやタリーカを受け入れないそのような学者からは距離を置いてください。
少し昔のことになりますが、スルタン・アブデュルハミト2世の時代、彼に反対したすべての学者や詩人は、微塵の価値もありませんでした。
なぜなら彼らはタリーカと宗教に対する改革を行おうとし、悪魔の道具となり、悪魔の同盟者たちと協力したからです。
彼らが正しい道にいるなどと、決して信じないでください。
彼らがどれほどイスラムに損害を与えたかは、アッラーがご存知であり、真の学者や意識のある人々も知っています。
たとえ真の学者がそれに反対の声を上げても、彼らはすぐにその声を弾圧します。
アッラーが私たちをすべての悪から、そして悪人からお守りくださいますように。
最大の危険と最大の罪は、そのような人々の肩にのしかかっています。
人々を誤った道へ導く者たちは、非常に大きな罪を負っています。
彼らのせいで、オスマン帝国末期およびそれ以降、何百万人ものムスリムが精神的のみならず物理的にも破壊され、人々は故郷から追放されました。
これほどの物質的、精神的破壊にもかかわらず、人々はいまだに目を覚ましてはおらず、残念ながら彼らに従う人々が多くいます。
インシャアッラー、アッラーが私たち全員に理性を与え、目を覚まさせてくださいますように。